HOW MUCH WE CAN BEAR / HEZEKIAH WALKER
主は私たちの限界を知っておられる
Hezekiah Walker(ヘゼカイア・ウォーカー)の名曲『How Much We Can Bear』は、試練や苦しみの中にある人々へ向けた、非常に力強い慰めと希望のメッセージが込められたゴスペルソングです。
この曲の核心は、「神は私たちが耐えられないほどの試練は与えず、私たちの限界(弱さ)をすべて知った上で支えてくださる」という主への強い信頼です。
苦難の現実を否定するのではなく、「今は辛くてどうしていいか分からない」という人間のリアルな弱さに寄り添いながら、それでもジーザスを信じていれば大丈夫と心から思って生きることの大切さを教えてくれます。
歌詞和訳&聖書照会
If in your life you are going through
And don’t know really what to do
人生の中で試練を通っていて
本当にどうしたらいいか分からない時
James 1:2-4 — “My brethren, count it all joy when ye fall into divers temptations; Knowing this, that the trying of your faith worketh patience.”
ヤコブの手紙 1:2-4(口語訳) — 「わたしの兄弟たちよ。あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。あなたがたの信仰がためされることによって、忍耐が生み出されることを、あなたがたは知っているからである。」
Psalm 55:22 — “Cast thy burden upon the LORD, and he shall sustain thee: he shall never suffer the righteous to be moved.”
詩篇 55:22(口語訳) — 「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。」
この部分は、「人生で何かを通っている=going through」というゴスペルでよく使われる表現が中心です。これは単なる困難ではなく、信仰が試されるような苦しみ、迷い、重荷を含んでいます。ヤコブの手紙では、試練が忍耐を生み出すものとして語られています。また詩篇55篇は、自分で抱えきれない重荷を神にゆだねるよう促しています。ここでは「どうしたらいいか分からない」という人間の限界が、神への信頼へと向かう入口になっています。
Just call on Jesus he will see you through
ただイエスを呼び求めなさい
イエスがあなたを最後まで導き通してくださる
Romans 10:13 — “For whosoever shall call upon the name of the Lord shall be saved.”
ローマ人への手紙 10:13(口語訳) — 「すべて主の御名を呼び求める者は、救われる。」
Psalm 50:15 — “And call upon me in the day of trouble: I will deliver thee, and thou shalt glorify me.”
詩篇 50:15(口語訳) — 「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう。」
“call on Jesus” はゴスペルの核心的なフレーズです。単に名前を呼ぶというより、「助けを求めて信頼する」「祈りの中でより頼む」という意味があります。ローマ10章では、主の名を呼び求める者は救われると語られています。詩篇50篇でも、悩みの日に神を呼ぶなら助けられるという約束があります。歌詞の “he will see you through” は、「イエスが問題を消す」と言うより、「その中を通り抜けるまで共にいてくださる」というニュアンスです。
For he knows
Jesus he knows
なぜならイエスは知っておられる
イエスは、ちゃんと分かっておられる
Hebrews 4:15-16 — “For we have not an high priest which cannot be touched with the feeling of our infirmities; but was in all points tempted like as we are, yet without sin.”
ヘブル人への手紙 4:15-16(口語訳) — 「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」
Matthew 6:8 — “For your Father knoweth what things ye have need of, before ye ask him.”
マタイによる福音書 6:8(口語訳) — 「あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。」
この “Jesus he knows” はとても深い言葉です。イエスはただ遠くから人間の苦しみを見ている方ではなく、ご自身も試みや痛みを経験された方として、私たちの弱さを理解してくださる、というヘブル書の考えと強くつながります。またマタイ6章では、神は私たちが願う前から必要を知っておられると語られています。つまりこの歌詞は、「説明しきれない痛みも、言葉にならない祈りも、イエスは知っている」という慰めを歌っています。ゴスペルらしく、苦しみの現実を否定せず、その中で“知っていてくださる主”への信頼を力強く表しています。
If there is a trial that has come your way
And you are looking for a brighter day
あなたの道に試練が訪れて
もっと明るい日を待ち望んでいるなら
1 Peter 1:6-7 — “Wherein ye greatly rejoice, though now for a season, if need be, ye are in heaviness through manifold temptations: That the trial of your faith… might be found unto praise and honour and glory at the appearing of Jesus Christ.”
ペテロの第一の手紙 1:6-7(口語訳) — 「そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。こうして、あなたがたの信仰はためされて…イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。」
Psalm 30:5 — “Weeping may endure for a night, but joy cometh in the morning.”
詩篇 30:5(口語訳) — 「その怒りはただつかのまで、その恵みはいのちのかぎり長いからである。夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る。」
ここでは “trial” という言葉が、信仰や人生を揺さぶる試練として歌われています。ペテロの手紙では、試練は一時的な苦しみでありながら、信仰を精錬するものとして語られます。そして “brighter day” は、ゴスペルによくある「夜のあとに朝が来る」という希望のイメージと重なります。詩篇30篇の「朝と共に喜びが来る」という言葉は、今は涙の中にいても、神の恵みが新しい日をもたらすという慰めを与えています。
Just call on Jesus he will make a way
ただイエスを呼び求めなさい
イエスが道を開いてくださる
Isaiah 43:19 — “Behold, I will do a new thing… I will even make a way in the wilderness, and rivers in the desert.”
イザヤ書 43:19(口語訳) — 「見よ、わたしは新しい事をなす。やがてそれは起る、あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる。」
1 Corinthians 10:13 — “God is faithful… but will with the temptation also make a way to escape, that ye may be able to bear it.”
コリント人への第一の手紙 10:13(口語訳) — 「神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」
“he will make a way” は、ゴスペル音楽でとても大切な信仰告白です。道が見えない場所、つまり荒野や砂漠のような状況でも、神が道を造るというイザヤ書の約束と響き合っています。また第一コリント10章では、神は試練の中に「のがれる道」も備えてくださると語られています。この歌詞は、「自分には出口が見えなくても、イエスには道が見えている。そして必要なら新しい道を造ってくださる」という信頼を歌っています。
For he knows
Jesus he knows
なぜならイエスは知っておられる
イエスは、ちゃんと分かっておられる
John 10:14 — “I am the good shepherd, and know my sheep, and am known of mine.”
ヨハネによる福音書 10:14(口語訳) — 「わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。」
Hebrews 4:15 — “For we have not an high priest which cannot be touched with the feeling of our infirmities…”
ヘブル人への手紙 4:15(口語訳) — 「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。」
繰り返される “Jesus he knows” は、この曲全体の慰めの土台です。ヨハネ10章でイエスは「よい羊飼」として、自分の羊を知っていると言われます。これは、ただ名前や状況を知っているというだけでなく、弱さ、必要、恐れ、歩む道まで深く知っているという意味を含みます。ヘブル書の言葉と合わせると、イエスは試練の痛みを外側から眺める方ではなく、私たちの弱さに同情し、共に歩んでくださる方として描かれています。だからこそ「道を開いてくださる」という希望は、単なる励ましではなく、イエスの理解と真実さに根ざした信頼の言葉になっています。
How much we can bear
私たちがどれほど耐えられるのか
1 Corinthians 10:13 — “There hath no temptation taken you but such as is common to man: but God is faithful… but will with the temptation also make a way to escape, that ye may be able to bear it.”
コリント人への第一の手紙 10:13(口語訳) — 「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」
Psalm 103:13-14 — “Like as a father pitieth his children, so the LORD pitieth them that fear him. For he knoweth our frame; he remembereth that we are dust.”
詩篇 103:13-14(口語訳) — 「父がその子をあわれむように、主はおのれを恐れる者をあわれまれる。主はわれらの造られたさまを知り、われらのちりであることを覚えていられるからである。」
この曲の中心テーマがここで明確になります。“How much we can bear” は、「私たちがどこまで耐えられるか」という限界を神が知っておられる、という信頼の表現です。第一コリント10章は、神は試練を放置する方ではなく、「耐えられるように、のがれる道も備えてくださる」と語ります。詩篇103篇も、神は人間の弱さを知っておられる方だと伝えています。つまりこの歌詞は、「神は私たちに無限の強さを要求しているのではない。私たちの弱さも限界も理解したうえで支えてくださる」という慰めを歌っています。
Jesus he knows how much we can bear
イエスは、私たちがどれほど耐えられるのかを知っておられる
Hebrews 4:15-16 — “For we have not an high priest which cannot be touched with the feeling of our infirmities… Let us therefore come boldly unto the throne of grace, that we may obtain mercy, and find grace to help in time of need.”
ヘブル人への手紙 4:15-16(口語訳) — 「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」
Matthew 11:28-30 — “Come unto me, all ye that labour and are heavy laden, and I will give you rest… For my yoke is easy, and my burden is light.”
マタイによる福音書 11:28-30(口語訳) — 「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。…わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
“Jesus he knows” という繰り返しは、ただ「イエスは情報として知っている」という意味ではなく、「私たちの痛みを理解し、あわれみ、必要な時に助けてくださる」という信仰告白です。ヘブル書では、イエスは人間の弱さを思いやる大祭司として描かれています。またマタイ11章では、重荷を負う者に休みを与える方として語られます。だからこのフレーズは、苦しみに耐え続けることを美化しているというより、「もう限界だ」と感じる時にも、イエスはその限界を知り、休みと助けを与えてくださるというゴスペルの慰めを表しています。
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投稿者
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