I NEED HIM / JOSHUA’S TROOP
アメリカ・シカゴを拠点に活動する、実力派のユース・ゴスペル・クワイア
Joshua’s Troop(ジョシュアズ・トゥループ)は、アメリカ・シカゴを拠点に活動する、実力派のユース・ゴスペル・クワイアです。現代的なアーバンR&Bやソウルのサウンドと、伝統的なゴスペルスタイルを融合させたエネルギッシュな音楽性が特徴です。
グループの概要と歴史
- 結成の経緯
シカゴの「フェローシップ・ミッショナリー・バプテスト教会」の牧師であったクレイ・エヴァンス(Pastor Clay Evans)と、その後継者であるチャールズ・ジェンキンス(Pastor Charles Jenkins)によって、教会の10代の若者たちに焦点を当てる目的で結成されました。 - 名前の由来
教会内でエヴァンス牧師が「モーセ」、ジェンキンス牧師が「ジョシュア(ヨシュア)」に例えられていたことから、ジェンキンス牧師に敬意を表して「Joshua’s Troop(ヨシュアの軍隊)」と名付けられました。 - 主な実績
ゴスペル界の権威ある賞である「ステラ賞(Stella Award)」の受賞歴があり、「ドヴ賞(Dove Award)」にもノミネートされた実績を持っています。



歌詞和訳&聖書照会
Joshua’s Troopが2004年の2ndアルバム『Project Youth』で発表した「I Need Him」は、伝統的なデトロイト・ゴスペルの名曲を現代風にアップデートしたカヴァー曲です。
オリジナルは、デトロイトの伝説的な牧師であり音楽家でもあるチャールズ・ニックス牧師(Rev. Charles Nicks)と、彼が率いたセント・ジェームズ聖歌隊(The St. James Choir)が1980年に発表した楽曲です。作詞・作曲はジミー・ダウェル(Jimmy Dowell)によって手掛けられました。
オリジナル版は、クラシカルなピアノやオルガンの伴奏にのせて重厚なクワイアが力強く歌い上げる、古き良きオールドスクール・ゴスペルの傑作として知られています。
If you ever needed the Lord, sure gonna need Him now, right now
もし今まで主を必要としたことがあるなら、今こそ、まさに今、主が必要だ
Psalm 46:1/詩篇 46篇1節
God is our refuge and strength, a very present help in trouble.
神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。
Hebrews 4:16/ヘブル人への手紙 4章16節
Let us therefore come boldly unto the throne of grace, that we may obtain mercy, and find grace to help in time of need.
だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。
この “right now” は、単なる「今」ではなく、「今この瞬間、主の助けが必要だ」という切迫した信仰の言葉です。
ゴスペルでは、神は遠い昔の物語の中だけにおられる方ではなく、苦しい時、迷う時、倒れそうな時に「今ここで助けてくださる方」として歌われます。
詩篇46篇1節の “a very present help”、「いと近き助け」という表現は、この歌詞の感覚にとても近いです。
必要なのは、いつかの神ではなく、今の神。昨日助けてくださった主だけでなく、今日、そしてこの瞬間に共にいてくださる主です。
Need Him every day and every hour
毎日、そして一時間ごとに、主が必要だ
Matthew 6:11/マタイによる福音書 6章11節
Give us this day our daily bread.
わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
John 15:5/ヨハネによる福音書 15章5節
I am the vine, ye are the branches: He that abideth in me, and I in him, the same bringeth forth much fruit: for without me ye can do nothing.
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
「every day and every hour」は、信仰を日曜日の礼拝だけに閉じ込めない言葉です。
毎日、毎時間、生活の全部において主が必要だという告白です。
マタイ6章11節の「日ごとの食物」は、食べ物だけでなく、今日を生きる力、心の平安、判断する知恵、人を赦す力、もう一度立ち上がる力まで含んで聞こえてきます。
ゴスペルの中で「毎日、毎時間」と歌う時、それは生活の現場で神を必要としている、というとても実感のある祈りです。
ヨハネ15章5節の「わたしから離れては、あなたがたは何一つできない」という言葉も、この歌詞の根にあります。
これは「自分には価値がない」という意味ではありません。枝がぶどうの木につながって命を受けるように、人は神につながってこそ、本来の力を受けて生きるということです。
I need Him…in the mornin’
朝に、私は主が必要だ
I need Him…in the noon day
昼にも、私は主が必要だ
I need Him…in the evenin’
夕べにも、私は主が必要だ
Psalm 55:17/詩篇 55篇17節
Evening, and morning, and at noon, will I pray, and cry aloud: and he shall hear my voice.
夕べに、あしたに、真昼にわたしが嘆きうめくと、彼はわたしの声を聞かれます。
Lamentations 3:22-23/哀歌 3章22〜23節
It is of the LORD’s mercies that we are not consumed, because his compassions fail not. They are new every morning: great is thy faithfulness.
主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。
この部分は、詩篇55篇17節と深く響き合います。
「夕べ、朝、真昼に祈る」という聖書の言葉と同じように、この歌詞も一日のすべての時間を主の前に置いています。
朝は、一日を始める前の導き。
昼は、働きや戦いのただ中での力。
夕べは、疲れを抱えて戻ってくる時の慰め。
「朝、昼、夕べ」という単純な並びですが、ここには人間の一日が丸ごと入っています。
気分の良い朝だけではなく、忙しい昼も、疲れた夕方も、主を必要としている。
この反復は、「どの時間にも神は必要であり、どの時間にも神は近くにいてくださる」という信仰を、体で覚えるように歌わせます。
哀歌3章22〜23節の「朝ごとに新しい」という言葉も大切です。
昨日の恵みだけでなく、今日の朝にも新しいあわれみがある。
だから朝に主が必要だと歌うことは、「今日も神のあわれみから始めたい」という祈りでもあります。
For He will make everything alright
主がすべてを良くしてくださるから
Romans 8:28/ローマ人への手紙 8章28節
And we know that all things work together for good to them that love God, to them who are the called according to his purpose.
神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。
Revelation 21:4/ヨハネの黙示録 21章4節
And God shall wipe away all tears from their eyes; and there shall be no more death, neither sorrow, nor crying, neither shall there be any more pain.
人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。
“make everything alright” は、ゴスペルの中でとても重要な希望の言葉です。
ただし、これは「信じればすぐに何もかも問題が消える」という軽い意味ではありません。
むしろ、問題がまだ残っていても、「神が最後には正しくしてくださる」「この苦しみを無意味なままにはされない」という深い信頼です。
ローマ8章28節の「万事を益となるようにして下さる」という言葉は、この “alright” の奥にある信仰と重なります。
また、ヨハネの黙示録21章4節まで見ると、この “alright” はさらに大きな希望になります。
涙、死、悲しみ、叫び、痛みが最終的に取り去られる。
ゴスペルが苦しみの中でも明るく歌えるのは、現実を軽く見ているからではなく、神が最後にすべてを回復されるという希望を持っているからです。
I need Him
私は主が必要だ
I need the Holy Ghost power
聖霊の力が必要だ
Acts 1:8/使徒行伝 1章8節
But ye shall receive power, after that the Holy Ghost is come upon you.
ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。
Romans 8:26/ローマ人への手紙 8章26節
Likewise the Spirit also helpeth our infirmities: for we know not what we should pray for as we ought.
御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。
ここで “Him” は、主なる神、または主イエスを指す流れの中にありながら、具体的に “Holy Ghost power”、「聖霊の力」へと焦点が合います。
古いブラック・ゴスペルやホーリネス/ペンテコステ系の教会音楽では、“Holy Ghost power” はただの教義用語ではありません。礼拝の中で人を立ち上がらせ、祈らせ、歌わせ、涙を流させ、もう一度生きる力を与える、神の現実的な働きとして歌われます。
使徒行伝1章8節の “power” は、ただ感情が高まることではなく、証しする力、生き抜く力、恐れに負けない力です。
ローマ8章26節では、聖霊は「弱いわたしたちを助けて下さる方」として描かれています。
だから “I need the Holy Ghost power” は、「もっと強い自分になりたい」という自己強化ではなく、「自分の弱さを、神の霊に支えていただきたい」という祈りです。
ゴスペルの力強さは、弱さを隠す強さではなく、弱さの中で神の力を求める強さなのだと思います。
I need Him
私は主が必要だ
Oh, can’t do nothing without Him, no
ああ、主なしでは何もできない、本当にできない
John 15:5/ヨハネによる福音書 15章5節
For without me ye can do nothing.
わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
2 Corinthians 3:5/コリント人への第二の手紙 3章5節
Not that we are sufficient of ourselves to think any thing as of ourselves; but our sufficiency is of God.
もちろん、自分自身で事を定める力が自分にある、というのではない。わたしたちのこうした力は、神からきている。
“can’t do nothing without Him” は、標準文法では二重否定ですが、ここではブラック・ゴスペルやブルース的な口語表現として、強い感情を出しています。意味としては、「主なしでは本当に何もできない」です。
これはヨハネ15章5節の「わたしから離れては、あなたがたは何一つできない」とほぼ直結しています。
ただし、ここで言う「何もできない」は、自分を卑下する言葉ではありません。
むしろ、「私の力の源は私自身ではなく、神にある」と認める信仰のリアリズムです。
コリント人への第二の手紙3章5節も同じ方向を向いています。
「自分自身に十分な力があるのではない。私たちの力は神から来ている。」
この歌詞は敗北宣言ではなく、依存の告白です。
そして聖書では、神への依存は弱さではなく、命につながる姿勢として描かれます。
大まかな解説
この曲は、ほとんど “I need Him” という一つの言葉で成り立っています。
けれど、その単純さこそが深さです。
長い説明をしなくても、信仰生活の中心をまっすぐ言っています。
「私は主が必要だ。」
「今、必要だ。」
「毎日、毎時間、必要だ。」
「朝も、昼も、夕べも、必要だ。」
「聖霊の力が必要だ。」
「主なしでは何もできない。」
これは、困った時だけ神を呼ぶ歌ではありません。
生活全体を通して、神に支えられて生きるという歌です。
特に古いシカゴ・ゴスペルの感覚で聴くなら、この曲は会衆が一緒に歌って、同じ言葉を何度も繰り返しながら、信仰を頭だけでなく体で覚えていくタイプの歌だと思います。
単語は少ない。でも、その少ない言葉の中に、祈り、証し、叫び、希望が入っています。
“I need Him” は、とても個人的な言葉です。
でもゴスペルで歌われる時、それは一人の告白であると同時に、教会全体の告白になります。
リードが歌い、クワイアが応答し、会衆が心の中でうなずく。
その反復の中で、「私もそうだ。私にも主が必要だ」という共感が広がっていきます。
そして “right now” が大事です。
この歌は、いつか余裕ができたら神を求める、という歌ではありません。
今、必要。
今、助けが必要。
今、力が必要。
今、聖霊の支えが必要。
だからこの曲の深さは、神学的な言葉の多さではなく、信仰の切実さにあります。
人間は弱い。けれど、神は近い。
人間は足りない。けれど、聖霊が助けてくださる。
今はまだ問題が残っている。けれど、主はすべてを正しく整えてくださる。
この歌は、短い言葉でゴスペルの核心を歌っています。
「主が必要だ」という一言を、朝にも、昼にも、夕べにも、そして人生のあらゆる場面にも広げていく、深い祈りの歌です。
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投稿者
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