Fisk Jubilee Singers
フィスク・ジュビリー・シンガーズ――黒人霊歌を世界へ届けた若者たち
ゴスペルの歴史をたどっていくと、その源流には必ず「黒人霊歌(Negro Spirituals)」と呼ばれる歌があります。
そして、その黒人霊歌をアメリカ国内だけでなく、世界へ広く知らしめる大きな役割を果たしたのが、フィスク・ジュビリー・シンガーズ(Fisk Jubilee Singers)です。
フィスク・ジュビリー・シンガーズは、アメリカ・テネシー州ナッシュビルにある歴史的黒人大学、フィスク大学(Fisk University)の学生たちによって結成されたア・カペラ合唱団です。
その歴史は150年以上。
彼らの存在は、単なる大学の合唱団という枠を超え、黒人霊歌をアメリカ音楽史の表舞台へと押し上げた、極めて重要な存在として語り継がれています。
大学を救うために始まったコンサートツアー
フィスク大学が設立されたのは1866年。
南北戦争が終わった直後、奴隷制度から解放されたアフリカ系アメリカ人たちに教育の機会を与えることを目的として設立された学校でした。
しかし、設立から間もなくして大学は深刻な資金難に陥ります。
学校を存続させるために立ち上がったのが、音楽教師のジョージ・L・ホワイト(George L. White)でした。
1871年、ホワイトはフィスク大学の学生9人、女性5人と男性4人を選び、大学の運営資金を集めるためのコンサートツアーへと出発します。
これが、フィスク・ジュビリー・シンガーズの始まりです。
当時のメンバーの多くは、奴隷制度を実際に経験していた、あるいはその記憶が非常に身近に残る世代でした。
彼らが歌ったのは、単なる美しい合唱曲ではありません。
奴隷として生きた人々が、苦しみの中で神に祈り、希望を求め、世代から世代へと歌い継いできた「スピリチュアル」でした。
最初から歓迎されたわけではなかった
しかし、彼らのツアーは決して順調なものではありませんでした。
当時のアメリカ社会には激しい人種差別が残っていました。
さらに、当時「黒人が舞台で歌う」ということに対して、多くの白人観客が抱いていたイメージは、現在とはまったく異なるものでした。
19世紀のアメリカでは、白人演者が顔を黒く塗り、黒人を誇張して演じる「ミンストレル・ショー」が大衆娯楽として広く行われていました。
そのため、黒人自身がステージに立ち、真剣な音楽を演奏することそのものが、当時としては大きな意味を持っていたのです。
彼らは旅先で差別を受けながらも、歌い続けました。
そして、彼らが歌うスピリチュアルは、少しずつ聴衆の心を動かしていきます。
そこには、演出された「黒人像」ではなく、一人ひとりの人間が経験してきた苦しみ、信仰、祈り、そして希望がありました。
「黒人霊歌」が世界へ知られていく

やがてフィスク・ジュビリー・シンガーズの評判は大きく広がっていきました。
アメリカ北部で成功を収めた彼らは、さらにヨーロッパへと渡ります。
イギリスではビクトリア女王の前でも歌い、アメリカではユリシーズ・S・グラント大統領の前で歌声を披露しました。
それまで、アフリカ系アメリカ人の共同体の中で大切に歌い継がれてきたスピリチュアルが、コンサート音楽として広く紹介されるようになったのです。
『Nobody Knows the Trouble I’ve Seen』
『Swing Low, Sweet Chariot』
『Steal Away』
現在では世界中で知られているこれらのスピリチュアルも、フィスク・ジュビリー・シンガーズの活動によって広く知られるようになっていきました。
彼らは、黒人霊歌を「保存」しただけではありません。
それを公の舞台へと持ち出し、アメリカ社会、そして世界に向かって、
「私たちには、この歌がある」
ということを示したのです。
歌声が大学を救った
フィスク・ジュビリー・シンガーズが行ったツアーの大きな目的は、フィスク大学を存続させるための資金を集めることでした。
そして実際に、彼らの歌声は大学を救うことになります。
最初の約18か月のツアーだけでも、多額の寄付金を集めることに成功しました。
その後の国内外での活動によって集められた資金は、大学の校舎建設にも使われます。
それによって建てられた建物が、現在もフィスク大学を象徴する存在となっているジュビリー・ホール(Jubilee Hall)です。
つまりジュビリー・ホールは、単なる大学の建物ではありません。
学生たちが自分たちの歌声によって学校を守った、その歴史そのものを象徴する建物なのです。
ゴスペル、ブルース、ジャズへと続いていく源流
フィスク・ジュビリー・シンガーズが世界へ届けたスピリチュアルは、その後のアメリカ音楽に計り知れない影響を与えていきました。
スピリチュアルの中にある、
苦しみの中でも神を信じること。
仲間と声を合わせること。
希望を失わないこと。
そして、自分たちの置かれた現実を歌にすること。
そうした精神は、やがてゴスペルへと受け継がれ、ブルースやジャズをはじめとするさまざまなアフリカ系アメリカ音楽にもつながっていきます。
現在私たちが「ゴスペル」と呼んでいる音楽のずっと手前には、このスピリチュアルの歴史があります。
その意味でもフィスク・ジュビリー・シンガーズの存在を知ることは、ゴスペルのルーツを知るうえで、とても大切なことだと思います。
150年以上続く歌声

初期のフィスク・ジュビリー・シンガーズは1870年代に大きな活動の区切りを迎えますが、その伝統はその後もフィスク大学の学生たちによって受け継がれてきました。
そして結成から150年以上が経った現在も、フィスク・ジュビリー・シンガーズは活動を続けています。
2008年には、アメリカ政府からNational Medal of Arts(国民芸術勲章)を授与。
さらに2021年には、結成150周年を記念したアルバム『Celebrating Fisk! (The 150th Anniversary Album)』でグラミー賞を受賞しました。
また、歴史的な録音の中には、アメリカ議会図書館によって文化的価値の高い音源として保存されているものもあります。
150年以上前に9人の若者たちが始めた歌が、今もなお歌い継がれているのです。
歌うことそのものが「証明」だった
フィスク・ジュビリー・シンガーズの歴史を知ると、彼らの活動は単なる音楽活動ではなかったことが見えてきます。
彼らが生きた時代、アフリカ系アメリカ人は一人の人間としての尊厳さえ十分に認められていませんでした。
そんな社会の中で、美しいハーモニーを響かせ、知性と品格を持ってステージに立ち、自分たちの先祖から受け継いだ歌を堂々と歌う。
そのこと自体が、とても大きな意味を持っていました。
彼らはスピーチではなく、歌によって、
人間としての尊厳を伝えました。
苦しみの歴史を伝えました。
そして、その苦しみの中でも失われなかった信仰と希望を伝えました。
だからこそフィスク・ジュビリー・シンガーズの物語は、単なる「有名な合唱団の歴史」ではありません。
それは、音楽によって自分たちの存在を世界に伝えた人々の物語であり、希望とサバイバルの物語でもあるのです。
ゴスペルを歌う私たちが、そのルーツをたどっていくとき。
フィスク・ジュビリー・シンガーズの歌声は、ぜひ一度聴いておきたい音楽のひとつだと思います。
現在も彼らの録音は数多く残されています。
ぜひ『Swing Low, Sweet Chariot』『Steal Away』『Nobody Knows the Trouble I’ve Seen』などのスピリチュアルから聴いてみてください。
現代のゴスペルとはまったく違う響きの中に、「ゴスペルが生まれる前に存在していた祈りの歌」を感じることができるはずです。
投稿者
kingbee33@gmail.com
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