街の暴力と不安のなかで、神に助けを求めるゴスペル曲

この曲は2001年に発表されたCHICAGO MASS CHOIRの「CALLING ON YOU LIVE」のタイトル曲です。

アメリカの日常に潜む危険や暴力への不安、そしてその中で神に救いと平安を乞い願う切実な祈りを歌ったゴスペル曲です。

当時シカゴのサウスサイドなどの一部の地域でギャングの抗争が激化し、ストリートでの発砲事件が深刻な問題となっていました。特に、公園や自宅の前で遊んでいた無関係な子どもや市民が流れ弾(stray bullets)に当たって命を落とす痛ましい事件が頻発し、地域社会に強い衝撃と恐怖を与えていました。このような「銃暴力(ガン・バイオレンス)」やストリート犯罪などへの不安を冒頭では生々しく描写されています。

このような過酷な日常の中で、ブラック・チャーチ(黒人教会)やゴスペル音楽は、宗教的な儀礼(礼拝)という目的をこえて、「傷ついた心を癒やし、生き抜くためのシェルター(避難所)」として大きな役割を果たしてきました。この曲で繰り返される「I’m calling on You(あなたを呼び求めます)」というフレーズには、コミュニティの切実な祈りと叫びが込められています。

街の暴力や犯罪への恐れを背景に、「自分たちだけではどうにもできない状況の中で神に呼び求める」という祈りの歌として読むと、聖書とのつながりがかなり見えてきます。

特に後半の “the high throne of grace” は、ヘブル人への手紙4:16 “the throne of grace(恵みの御座)” をかなり直接的に踏まえた表現です。


歌詞和訳&聖書照会

Verse 1

Sometimes I wonder what they’re thinkin’ ‘bout
when they pull their guns and start t shout.

時々、彼らはいったい何を考えているんだろうと思う。
銃を取り出し、撃ち始めるときに。

詩篇 11:5

“The LORD trieth the righteous: but the wicked and him that loveth violence his soul hateth.”
「主は正しい者を試みられる。しかし、主のみ心は悪しき者と、暴虐を好む者とを憎まれる。」


don’t they see the little children out playing;
umm, I’m thinkin’ ‘bout it, ‘bout it.

外で遊んでいる小さな子どもたちが見えないのだろうか。
ああ、そのことをずっと考えている。

ゼカリヤ書 8:5

And the streets of the city shall be full of boys and girls playing in the streets thereof.”
「町の広場には男の子、女の子が満ちて、その広場に遊び戯れる。」

ゼカリヤ書では、子どもたちが安心して街で遊べることが、神によって回復された平和な社会の象徴になっています。この歌では逆に、その子どもたちが遊んでいるすぐ近くで銃が使われる。つまり、本来なら 安全と平和の象徴であるはずの街が壊れている という悲しさが強調されているように聞こえます。

この部分はまだ「祈り」そのものではなく、まず現実を見つめています。暴力があまりにも日常化し、子どもさえ危険にさらされている。その状況を前にして、主人公は答えを出すというより “I’m thinkin’ ‘bout it” と繰り返します。

聖書にも、悪や暴力を目の前にして「なぜですか」と問い続ける詩篇がたくさんあります。ですから、この戸惑いそのものが、後に続く祈りへの入口になっています。


Lord, I can’t walk the streets at night,
gotta hold your purse and wallet tight,

主よ、夜には安心して街を歩くことさえできません。
財布やバッグをしっかり抱えていなければならない。

詩篇 23:4

Yea, though I walk through the valley of the shadow of death, I will fear no evil: for thou art with me…”
「たとい死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。」

歌詞では、かなり具体的な都市生活の恐怖が描かれています。「夜道を歩けない」「財布を握りしめる」という、ごく現実的な不安です。詩篇23篇も、「危険など存在しない」と言っているわけではありません。むしろ “死の陰の谷を歩む” という危険のただ中で、「あなたが共におられる」という神への信頼を語っています。


it’s so insane, you just might have to fight to survive;
umm, I’m thinkin’ ‘bout it, ‘bout it.

あまりにも狂ったような状況で、
生き延びるためには戦わなければならないことさえある。
ああ、そのことを考えている。

詩篇 140:1

“Deliver me, O LORD, from the evil man: preserve me from the violent man;”
「主よ、悪しき人からわたしを助け出し、暴虐の人からわたしを守ってください。」

ここでもポイントは、「自分は強いから大丈夫」という方向に行かないことです。危険が現実に存在するからこそ、詩篇の祈りと同じように “preserve me” — 守ってください という方向へ向かいます。

Verse 1では他人の暴力を見ていましたが、ここではそれが 自分自身の生活に迫ってきます。「子どもたちが危険だ」から、「自分も夜道を歩けない」へと移るわけです。そしてこの歌の大事なところは、恐怖に対して「もっと武装しよう」という結論ではなく、次の部分で 祈りへ向かう ことです。


So I steal away to a quiet place
to petition the high throne of grace,

だから私はそっと人を離れ、静かな場所へ行き、
高き恵みの御座に願いを申し上げる。

ここは聖書との結びつきが特に明確です。

ルカによる福音書 5:16

“And he withdrew himself into the wilderness, and prayed.”
「しかしイエスは寂しい所に退いて、祈っておられた。」

そして、

ヘブル人への手紙 4:16

“Let us therefore come boldly unto the throne of grace, that we may obtain mercy, and find grace to help in time of need.”
「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」

この “throne of grace” が、歌詞の “the high throne of grace” の直接的な聖書的背景と考えてよいでしょう。

“petition” は「嘆願する」「願いを申し上げる」という意味なので、単に静かなところで考え事をするのではありません。神の御座へ自分の問題を持っていくというイメージです。


that’s when I lift my voice and say,
right now I pray that You keep us safe dear, Lord.

そこで私は声を上げて言う。
今この時、愛する主よ、どうか私たちを守ってくださいと祈ります。

詩篇 121:7-8

“The LORD shall preserve thee from all evil: he shall preserve thy soul.
The LORD shall preserve thy going out and thy coming in from this time forth, and even for evermore.”

「主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。
主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られる。」

また、この曲のタイトル Calling On You に重なる聖句として、

詩篇 50:15

“And call upon me in the day of trouble: I will deliver thee…”
「悩みの日にわたしを呼べ。わたしはあなたを助ける。」

があります。

ここで、それまで繰り返されていた“I’m thinkin’ ‘bout it”「そのことを考えている」が、“I pray”「私は祈る」へ変わります。これがこの曲の大きな流れだと思います。

暴力を見る
→ 恐怖を感じる
→ そのことを考え続ける
→ 静かな場所へ退く
→ 恵みの御座に近づく
→ 神に呼び求める

という動きです。


Calling on You, Jesus,
the only One who frees us,
please keep us safe from harm and all danger.

あなたを呼び求めます、イエスよ。
私たちを解放してくださるただひとりの方。
どうか、あらゆる災いと危険から私たちを守ってください。

使徒行伝 4:12

“Neither is there salvation in any other: for there is none other name under heaven given among men, whereby we must be saved.”

「この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである。」

“the only One who frees us” という表現に近いのがこの箇所です。キリスト教の信仰では、イエスが救いをもたらす唯一の方として告白されています。また、「解放する」という言葉により直接近い箇所としては、

ヨハネによる福音書 8:36

“If the Son therefore shall make you free, ye shall be free indeed.”

「だから、もし子があなたがたに自由を得させるならば、あなたがたは、ほんとうに自由な者となるのである。」

が挙げられます。ここでの free は、単に危険な状況から逃がすだけでなく、ヨハネ福音書の文脈では罪の束縛から自由にする、というより深い意味があります。

そして、“please keep us safe from harm and all danger” には、前にも出てきた詩篇の祈りがよく重なります。

詩篇 121:7

“The LORD shall preserve thee from all evil: he shall preserve thy soul.”

「主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。」


ここでは、それまで漠然と「Lord」と呼んでいた祈りが、はっきりと “Jesus” に向けられています。しかも、“the only One who frees us”と歌うことで、イエスを単なる「危険なときに助けてくれる存在」としてではなく、もっと根本的な 救いと解放を与える方 として告白しています。

そのうえで祈っているのが、“keep us safe”「私たちを守ってください」です。ここでも me ではなく us なのが大切ですね。個人的な祈りでありながら、街や家族、子どもたち、周囲の人々まで含んだ祈りになっています。


I’m calling on You.
I’m calling on You, Lord.

あなたを呼び求めています。
あなたを呼び求めています、主よ。

詩篇 86:7

“In the day of my trouble I will call upon thee: for thou wilt answer me.”

「わたしの悩みの日にわたしはあなたに呼ばわります。あなたはわたしに答えられるからです。」

この歌の “I’m calling on You” に非常に近い表現です。聖書で call upon the Lord というと、単に名前を呼ぶのではなく、助けを求めて神に祈るという意味でよく使われます。


I’m calling on You,
yes, You’re the One who sees me through.

あなたを呼び求めています。
そうです、あなたこそ私を最後まで支え、乗り越えさせてくださる方です。

ここでの see someone through は重要な英語表現です。直訳すると「最後まで見届ける」ですが、この場合は、

「困難を最後まで乗り越えさせる」「苦しい時期を支え抜く」という意味です。

イザヤ書 43:2

“When thou passest through the waters, I will be with thee; and through the rivers, they shall not overflow thee…”

「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。」

この聖句も、「困難そのものをすべて取り除く」というより、困難の中を共に通り抜けてくださる 神を描いています。

詩篇 34:17

“The righteous cry, and the LORD heareth, and delivereth them out of all their troubles.”

「正しい者が助けを叫び求めるとき、主は聞いて、彼らをそのすべての悩みから助け出される。」

この部分は、単なるお願いから少し変化しています。

最初は、“please keep us safe”「どうか守ってください」という願いでした。

ところが最後には、“You’re the One who sees me through”「あなたこそ私を乗り越えさせてくださる方」という 信頼の告白 になっています。

つまりこのサビは、

Jesus に呼び求める
→ 守りを願う
→ これまで支えてくださった方として信頼する

という流れです。

前の Verse から合わせると、この曲全体には、“I’m thinkin’ ‘bout it” 考え続けるから、

“I pray”祈る

そして、

“I’m calling on You” 神に呼び求めるへと進んでいく動きがあります。

その意味で Calling On You は、この曲の単なるタイトルではなく、暴力や不安に対する歌全体の「答え」になっているように思います。

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投稿者

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