With My Whole Heart / Lamar Campbell And Spirit Of Praise
「全き心で賛美するということ」
神は、私たちの歌声のうまさや形式を求めているのではありません。
神が求めておられるのは、**「心を尽くした賛美」**です。
たとえ声がかすれていても、たとえ音程がずれていても、
その内側からあふれる真実な思い――
**「主よ、あなたを愛します」**という心こそが、神にとって最も麗しい旋律です。
私たちが神に近づくとき、神は喜んで私たちを迎え入れてくださいます。
そしてその臨在の中には、言葉にできない喜びと、真の自由が待っています。
だからこそ、今日この瞬間も、心を尽くして賛美を捧げましょう。
悲しい日にも、うまくいかないときにも、
「主はそこにおられる」
「主は聖なるお方である」
このことを思い出して、心を開きましょう。
📖 詩篇 86:12
「主よ、わたしは心を尽くしてあなたに感謝し、あなたの御名をとこしえにあがめます。」
歌詞和訳&聖書照会
With my whole heart, Lord I will sing to thee
全き心をもって、主よ、あなたに歌います。
With my whole heart, I’ll make melody
全き心をもって、旋律を奏でます。
I focus on thy glory, so I can come before thee, with my whole heart.
あなたの栄光に心を注ぎ、全き心でもってあなたの御前に出ます。
📖 関連する聖書の箇所
- Psalm 9:1
“I will give thanks to the LORD with my whole heart; I will recount all your marvelous works.”
「わたしは全き心をもって主に感謝し、あなたの素晴らしいわざをすべて語りましょう。」 - Psalm 57:7
“My heart is steadfast, O God, my heart is steadfast!”
「わたしの心は堅く、神よ、わたしの心は堅い。」
🪷 解説
この歌詞は、全身全霊の賛美と献身を歌ったものです。「全き心」とは、注意や思いを一切そらさず、すべての想い・情熱・力を神に捧げることを意味します。詩篇にもあるように、神への賛美は心の中心から湧き上がるものであり、それが「旋律」として表れるとき、私たちはただ音を出すだけでなく、神ご自身への感謝の表現となります。
聖書は何度も「全き心で主を求めよ」と語ります。ここで歌われているように、神の栄光に意識を向けることで、祈りも賛美も自然と深いものになっていくのです。また、「来たるべき御前」という視点は、神の臨在と向き合うことの尊さを思い起こさせてくれます。
Standing in thy presence
あなたの御前に立つとき、
There’s joy, unspeakable and free
言い尽くせない、自由にあふれる喜びがあります。
I bow in awe and reverence
私は畏敬と敬意をもってひれ伏します。
Crying holy, how I adore thee
「聖なる方よ」と叫び、どれほどあなたを慕っていることでしょう。
📖 関連する聖書の箇所
- Psalm 16:11(詩篇 16篇11節)
“In your presence there is fullness of joy; at your right hand are pleasures forevermore.”
「あなたの御前には、喜びが満ち、あなたの右には、とこしえの楽しみがあります。」 - Revelation 4:8(黙示録 4章8節)
“And they do not cease to say, ‘Holy, holy, holy is the Lord God Almighty, who was and is and is to come!'”
「彼らは昼も夜も休まず言う、『聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能の主なる神。昔いまし、今いまし、後に来たる方。』」 - Philippians 2:10–11(ピリピ 2章10〜11節)
“That at the name of Jesus every knee should bow… and every tongue confess that Jesus Christ is Lord.”
「イエスの御名によって、すべての膝がかがめられ…すべての舌がイエス・キリストを主と告白するのです。」
🪷 解説
この部分では、「神の御前に立つこと」自体が、比べようのない喜びと自由の源であることが歌われています。詩篇16:11のように、「神の臨在には喜びが満ちている」という表現は、信仰者にとって大きな慰めです。
また、神の臨在にふれるときに自然と湧き上がるのが、「ひれ伏すこと」と「聖なる方よと叫ぶこと」。これは恐れではなく、愛と敬意に満ちた礼拝の姿勢です。
特に「Crying holy」という表現は、黙示録で天使たちが絶え間なく神を礼拝する場面と重なり、私たちの賛美が天の礼拝に加わっていることを思わせます。
投稿者
kingbee33@gmail.com
