シンプルだけど力強い気持ちを歌った「勇気の歌」

この曲はコロナのずっと前にやった曲ですが、コロナ禍でいろんな苦難を経験した後にもう一度歌うと胸アツですね。

Hallelujah Anyhow (それでもなおハレルヤ!) 

そうやねんなあ。それしかない!

歌詞和訳&聖書引用

I believe I’ll testify, God’s been good to me.

私は信じています。そして、神さまが良くしてくださったことを証ししたいのです。

📖 詩篇 107:1
“Give thanks to the LORD, for he is good; his love endures forever.”
主に感謝せよ。主はまことに恵み深く、その慈しみはとこしえに絶えることがない。

📖 使徒言行録 20:24
“The task of testifying to the good news of God’s grace.”
神の恵みの福音を証しする務め。


Through every test and trial, I’ve got the victory.

あらゆる試練や困難を通って、私は勝利をいただいてきました。

📖 ヤコブの手紙 1:2-3
“Consider it pure joy… whenever you face trials of many kinds, because you know that the testing of your faith produces perseverance.”
さまざまな試練に出会うときは、それをこの上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生まれると、あなたがたは知っているからです。

📖 ローマ人への手紙 8:37
“In all these things we are more than conquerors through him who loved us.”
これらすべてのことにおいて、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、圧倒的な勝利者なのです。


この冒頭の2行には、とても正直で力強い信仰の姿があらわれています。

まずは「神さまが良くしてくださった」と、はっきりと言い表すこと。
みなさんもこれまでの歩みの中で、「助けられたな」「守られてたんだな」と思うような出来事、ありましたか?

たとえば、大きな選択に迷っていたとき、思いがけず良い方向に導かれたこと。
あるいは、苦しいときに、そばにいてくれた人の言葉が、心に沁みたこと。
そういう体験の中に、神さまの「良くしてくださった」恵みが隠れているのかもしれません。

次の一行では、「試練や困難を通っても勝利を得てきた」と宣言されています。
人生の中で避けられない試練やプレッシャー。失敗や人とのすれ違い、不安や孤独——
そんな中でも、自分でも気づかないうちに守られ、乗り越えてこられたという実感、ありませんか?

聖書は、「試練は信仰を深め、私たちを成長させてくれるもの」と教えています。
そして、神さまの愛によって、私たちは「ただの生き延びた人」ではなく、「勝利者」とされるのだと語っているのです。

この歌の冒頭は、そんな経験を思い出させながら、
「だからこそ、これからも神さまを信じて進んでいこう」と励ましてくれているように思います。


The enemy has tried his best to make me turn around, bring me down,

敵(サタン)は何とかして私を後戻りさせ、落ち込ませようとしてきました。

📖 ヨハネの福音書 10:10
“The thief comes only to steal and kill and destroy; I have come that they may have life, and have it to the full.”
盗人(サタン)は、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするために来ます。わたしが来たのは、羊たちがいのちを得、それも豊かに得るためです。

📖 エペソ 6:11
“Put on the full armor of God, so that you can take your stand against the devil’s schemes.”
悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。


but my God’s never failed me yet,

でも、私の神さまは一度も私を見捨てたことがありません。

📖 申命記 31:6
“Be strong and courageous… for the LORD your God goes with you; he will never leave you nor forsake you.”
強く、雄々しくあれ。…あなたの神、主ご自身があなたと共に進まれる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てられない。

📖 詩篇 37:25
“I was young and now I am old, yet I have never seen the righteous forsaken or their children begging bread.”
私は若かったが、今は年老いた。それでも、正しい人が捨てられたり、その子孫が食べ物を乞うのを見たことがない。


so I’m gonna stand my ground!

だから私は、信仰の立場をしっかりと守って立ちます!

📖 1コリント 16:13
“Be on your guard; stand firm in the faith; be courageous; be strong.”
目を覚ましていなさい。信仰にしっかり立ちなさい。雄々しく、強くありなさい。

📖 ヤコブの手紙 4:7
“Submit yourselves, then, to God. Resist the devil, and he will flee from you.”
ですから、神に従いなさい。そして悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げて行きます。


この部分では、神さまを信じる者が直面する「霊的な戦い」のような状況が描かれています。

「敵(The enemy)」という言葉は、聖書ではしばしばサタンや悪しき霊的な力を指します。
歌詞の中では、その敵が「私を後戻りさせようとし、気持ちを沈ませようとしてくる」とあります。

みなさんも、前に進もうと思っているときに限って、不安や過去の失敗、周囲からの言葉に気持ちを引っ張られた経験はありませんか?
「やっぱり自分には無理なんじゃないか…」と、心が引き戻されそうになることもあるかもしれません。

でもこの歌は、そこで終わりません。

でも、神さまは一度も失敗されたことがない。
これは、とても力強く、そして温かい確信です。

たとえ自分の側に弱さや揺らぎがあったとしても、神さまのご計画や愛は変わらず、必ず支えてくださる。
その信頼があるからこそ、「私は自分の立場を守って立ち続ける」と、信仰の姿勢をしっかりと貫いています。

この「立ち続ける(stand my ground)」という表現には、ただ耐えるというよりも、信仰に立って、状況に流されない強さが込められているように感じます。

試練があっても、誘惑があっても、「私は神さまの側に立つ」という宣言。
まるで戦いの中でもブレない兵士のように、私たちも神の力により、心を定めることができるのです。


No matter what comes my way,

どんなことが起こっても、

📖 ローマ人への手紙 8:38–39
“For I am convinced that neither death nor life, neither angels nor demons… nor anything else in all creation, will be able to separate us from the love of God.”
私は確信しています。死も命も、御使いも権威ある者も…どんな被造物も、私たちを神の愛から引き離すことはできません。

📖 詩篇 46:1–2
“God is our refuge and strength, an ever-present help in trouble. Therefore we will not fear, though the earth give way…”
神は私たちの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。たとえ地が揺らいでも、私たちは恐れない。


I’ll lift my voice and say,

私は声をあげてこう言います。

📖 詩篇 34:1
“I will bless the LORD at all times; his praise shall continually be in my mouth.”
私はあらゆるときに主をほめたたえる。私の口には、いつも賛美がある。

📖 詩篇 100:1–2
“Shout for joy to the LORD… Worship the LORD with gladness; come before him with joyful songs.”
全地よ、主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。


Hallelujah anyhow!

それでもなお、ハレルヤ!(神をほめたたえよう)

📖 ハバクク書 3:17–18
“Though the fig tree does not bud… yet I will rejoice in the LORD, I will be joyful in God my Savior.”
たとえ、いちじくの木が花を咲かせず…それでも私は主にあって喜び、私の救いの神にあって楽しもう。

📖 ヨブ記 1:21
“The LORD gave and the LORD has taken away; may the name of the LORD be praised.”
主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。


この部分は、まさにこの曲のテーマの核心と言える箇所です。
たとえ何が起こっても」「それでも私は神を賛美する」——
それが「Hallelujah Anyhow(それでもなおハレルヤ)」という、信仰の力強い姿勢なのです。

みなさんも、ご自身の歩みの中で、思い通りにいかないことや、
「どうしてこんなことが起きるのだろう」と思われた経験、きっと一度や二度ではないと思います。

でもこの歌は、そういうときにこそ、
私は賛美をやめない」「どんな時も神の御名をほめたたえる」という決意を表しています。

これは決して、気持ちを無理やり前向きにするということではなく、
神さまがどんなときでも共にいてくださるという確信があるからこそ言えることばです。

ハバクク書の「たとえ何も実らなくても、それでも主にあって喜ぼう」という言葉のように、
この“hallelujah anyhow”は、「状況」ではなく「神そのもの」に希望を置いている姿です。

私たちが何かを失ったとき、悩んでいるとき、涙を流すときでも、
そのただ中で「それでも、ハレルヤ」と言える信仰は、
きっと周りの人の心にも静かな光を灯していくのではないでしょうか。


Wait a minute, one more time, think I’ll say it again.

ちょっと待って、もう一度だけ、やっぱりもう一回言わせてください。

📖 詩篇 103:1–2
“Bless the LORD, O my soul… and forget not all his benefits.”
わがたましいよ、主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

📖 詩篇 71:15
“My mouth will tell of your righteous acts, of your deeds of salvation all day long—though I know not how to relate them all.”
私は口を開いて、あなたの義のわざ、あなたの救いの御業を一日中語ります。——語り尽くせないほど多くても。


God’s been so good to me, and He’s my closest friend.

神さまは本当に私によくしてくださり、そして私の一番近くにいる友です。

📖 箴言 18:24
“There is a friend who sticks closer than a brother.”
兄弟よりも親しくつきそう友がいる。

📖 ヨハネの福音書 15:15
“I have called you friends, for everything that I learned from my Father I have made known to you.”
わたしはあなたがたをもはや僕とは呼ばない。…あなたがたを友と呼んだ。

📖 詩篇 34:8
“Taste and see that the LORD is good; blessed is the one who takes refuge in him.”
主の恵み深さを味わい、見つめよ。主に身を避ける人は幸いである。


このパートは、まるでステージから会衆に語りかけるような親しさと熱量にあふれています。

「ちょっと待って、もう一回言いたいんです!」
これは、単なる繰り返しではなく、「この恵みを黙っていられない」という喜びから出る叫びのようです。

みなさんも、うれしかったことや心に残る体験を、
「もう一回だけ聞いて!」と誰かに伝えたくなったこと、ありませんか?

この歌詞でも、神さまの良さ、助け、導きがあまりにも大きくて、
その感謝をもう一度はっきりと言わずにいられない、そんな気持ちがあふれています。

そして、「神さまは私の一番近くにいる友」という表現は、
非常に個人的で、深いつながりを感じさせるものです。

信仰というと、ときに“遠くにいる神”のように感じられることもあるかもしれません。
けれどこの歌詞は、「神は友である」「心の一番近くにいてくれる存在である」と語っています。

聖書の中でも、イエスさまは「あなたがたを友と呼ぶ」と言われています。
困ったとき、誰にも話せない思いを抱えたとき、
人には届かない深いところにも寄り添ってくださるお方——
それが、この歌で言う「closest friend(最も近しい友)」なのだと思います。


I’ve come too far to turn around now.

私はもう、あまりにも遠くまで来てしまいました。今さら引き返すわけにはいきません。

📖 ピリピ人への手紙 3:13–14
“Forgetting what is behind and straining toward what is ahead, I press on toward the goal…”
後ろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、目標を目ざして走っているのです。

📖 ヘブライ人への手紙 10:39
“But we do not belong to those who shrink back and are destroyed, but to those who have faith and are saved.”
私たちは、後退して滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。


I’m gonna stand, I’m gonna wait,

私は立ち続けます。そして、主の時をじっと待ちます。

📖 出エジプト記 14:13–14
“Stand firm and you will see the deliverance the LORD will bring you today… The LORD will fight for you; you need only to be still.”
恐れてはならない。しっかり立って、主が今日行われる救いを見なさい…主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなさい。

📖 詩篇 27:14
“Wait for the LORD; be strong and take heart and wait for the LORD.”
主を待ち望め。雄々しくあれ。心を強くせよ。主を待ち望め。


watch God work it out somehow!

神さまが、きっと何とかしてくださる。その御業を見届けます。

📖 ローマ人への手紙 8:28
“And we know that in all things God works for the good of those who love him…”
神を愛する人々のためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

📖 イザヤ書 64:4
“No eye has seen any God besides you, who acts on behalf of those who wait for him.”
あなたのほかに、主を待ち望む者のために働かれる神を、人は見たことがありません。


この部分は、まさに**「信仰の歩みの覚悟」「神への信頼」**があらわれた、とても力強いフレーズです。

「もうここまで来たからには、戻れない」
この言葉には、これまでに歩んできた試練や祈り、喜びや涙がすべて詰まっているように思います。

みなさんも、人生の中で、「今さらあきらめるわけにはいかない」「ここまで導かれてきたのだから、信じて進みたい」と思った経験、ありませんか?

そして続く「立ち続ける」「待つ」という言葉は、ただ耐えることではなく、
神さまが必ず働いてくださることを信じて、希望を持ち続ける」という、能動的な信仰の姿勢です。

出エジプトの場面でモーセが「黙っていなさい。主が戦ってくださる」と語ったように、
私たちの手ではどうにもできない状況の中でも、神さまは静かに、しかし確実にご自身のご計画を進めておられます。

最後の「watch God work it out somehow」——
これは、どこか日常的な言い回しですが、その分リアリティがありますね。
神さまがどうにかしてくださる。その手を私は見たい。信じて見届けたい。
そんな期待と平安が、この短いフレーズに込められているように感じます。


No matter what comes my way,

どんなことが起きても、

📖 ローマ人への手紙 8:35, 38–39
“Who shall separate us from the love of Christ? Shall trouble or hardship…? For I am convinced… nothing will be able to separate us from the love of God.”
だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるでしょうか。苦しみでしょうか、困難でしょうか…。私は確信しています。どんなものも、神の愛から私たちを引き離すことはできません。

📖 ハバクク書 3:17–18
“Though the fig tree does not bud… yet I will rejoice in the LORD.”
たとえ、いちじくの木が花を咲かせず…それでも私は主にあって喜び、私の救いの神にあって楽しもう。


I’ll lift my voice and say

私は声を上げてこう言います。

📖 詩篇 34:1
“I will bless the LORD at all times; his praise shall continually be in my mouth.”
私はあらゆる時に主をほめたたえ、主への賛美がいつも私の口にあります。

📖 詩篇 63:3–4
“Because your love is better than life, my lips will glorify you. I will praise you as long as I live…”
あなたの恵みは命にもまさるゆえに、私の唇はあなたを賛美します。私は生きているかぎりあなたをたたえます。


Hallelujah, hallelu anyhow.

ハレルヤ、それでもなお、ハレルヤ。

📖 ヨブ記 1:21
“The LORD gave and the LORD has taken away; may the name of the LORD be praised.”
主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。

📖 詩篇 146:1–2
“Praise the LORD. I will praise the LORD all my life; I will sing praise to my God as long as I live.”
ハレルヤ。私の魂よ、主を賛美せよ。私は生きているかぎり主を賛美しよう。


このパートは、繰り返し登場することで、この曲全体の心の中心を形づくっています。

どんなことがあっても、私は神を賛美する」——
それは、現実の困難を無視することではなく、その中でこそなお、信頼し、希望を持ち続けるという強い意思の表れです。

みなさんも、悩みや不安に向き合っているとき、
「それでも私は神を信じる」と心の中で宣言されたことがあるかもしれません。
この「hallelujah anyhow(それでもなおハレルヤ)」は、まさにその信仰の姿を代弁してくれています。

一見、小さな一言のようですが、ここには「揺らがない信仰」「神の善を信じる心」「賛美を手放さない姿勢」が、凝縮されています。

また、“lift my voice and say”(声を上げて言う)という表現には、内なる信仰を外に向かって表現する勇気も感じられます。
たとえ涙がこぼれていても、心が折れそうでも、「それでも私は賛美する」と声をあげる——それは希望の行動そのものかもしれません。


全体的な解説

Joe Paceの「Hallelujah Anyhow」は、明確な引用こそないものの、聖書全体に流れるある一貫したメッセージを詩篇的(psalm-like)な祈りと告白の形で歌い上げている曲だと言えます。


🔍 どの聖書箇所がベースになっているか?

この曲全体に通じるメッセージの中心は:

「困難の中でも神を信頼し、賛美する」

というテーマであり、それは聖書の中で特に次のような箇所に強く表れています。


📖 ハバクク書 3:17–18

“Though the fig tree does not bud and there are no grapes on the vines… yet I will rejoice in the LORD, I will be joyful in God my Savior.”
たとえ、いちじくの木が花を咲かせず、ぶどうの木に実がなくても……私は主にあって喜び、私の救いの神にあって楽しもう。

▶︎ この箇所は、状況がどれだけ悪くても「それでもなお(anyhow)神を喜ぶ」という信仰の告白です。
曲の「Hallelujah anyhow」はまさにこの信仰姿勢の表現です。


📖 詩篇 34篇、46篇、103篇、107篇など

  • 苦しみの中でも主を賛美する
  • 神の恵みを忘れない
  • 主は避け所、力、助けである
  • たとえ困難の最中でも賛美をやめない

▶︎ 特に詩篇 34:1

“I will bless the Lord at all times; His praise shall continually be in my mouth.”
私はどんなときにも主を賛美します。主への賛美がいつも私の口にあります。

これはこの曲の繰り返しのリフレイン「I’ll lift my voice and say, Hallelujah anyhow」に非常に重なります。


📖 ローマ人への手紙 8章

特に 8:28 や 8:35–39 の中には:

  • どんな状況も神が益としてくださる(8:28)
  • 苦しみや困難でも、神の愛から引き離されることはない(8:35–39)

▶︎ 「No matter what comes my way」「Watch God work it out somehow」という歌詞が、この確信を反映しています。


🎶 全体のメッセージ解説(まとめ)

この曲「Hallelujah Anyhow」は、
「信仰者の歩みには試練がつきものだが、神への信頼と賛美は決して手放さない」
というメッセージを、喜びと力をもって歌い上げています。


💬 こんなメッセージを語っています:

  • 敵(the enemy)が何をしてきても、私は倒されない。
  • 神は今まで一度も失敗されたことがない。
  • 試練の中でも、賛美の声を上げる。
  • 戻るわけにはいかない。ここまで来たのだから。
  • 神さまが必ず「何とかしてくださる」と信じて、じっと待つ。
  • そして、どんなときにもこう言うのです——「それでもハレルヤ(Hallelujah Anyhow)

🕊 この曲が伝えていること(心への語りかけ)

みなさんにとっても、人生の中で「なぜ?」と思うような時期があったかもしれません。
祈ってもすぐに答えが見えない時、力が抜けてしまいそうな時。
でも、この歌はそういうときにこそ「賛美を選び取る力」を思い出させてくれます。

それは、「無理してポジティブになろう」ということではなく、
神さまが信頼に値する方であることを、今までの歩みが証明しているからです。

「もうここまで来たからには、引き返せない」
「神が共にいてくださるのだから、必ず道が開かれる」
「だから私は、今日も賛美の声をあげる」——

そんな一歩一歩が、この歌に込められていて、
まるで現代の“詩篇”のように、信仰の旅を歩む人の心に寄り添ってくれます。


✨ まとめ

この曲は、ハバクク書・詩篇・ローマ書といった聖書の深いメッセージに根ざしながら、
誰もが直面する苦しみや葛藤の中で、「なお賛美する」という力強い選択を示してくれます。

Hallelujah Anyhow(それでもハレルヤ)
それは、揺るぎない信仰から出る、最高の告白です。

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投稿者

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