S.M.S 豊中スタジオ

 

S.M.S ゴスペル・スタジオ

阪急宝塚線「豊中駅」から徒歩1分。国道176号線沿いのりそな銀行の隣の「蝶六ビル」4階。

住所:大阪府豊中市本町1-7-1 蝶六ビル4階

一般的な音楽スタジオのような大音量で楽器を鳴らす形態ではなく、ヴォーカルやコーラス、特にゴスペル・グループのような多人数での合唱の練習には最適です。マイクは最大で16本まで繋げます。

また最大16チャンネルのオーディオ・インターフェイスがあるので簡易コーラス録音などもできます。

アコースティックのミニ・ライブ(最大50名収容可)、各種セミナー、貸教室など様々な用途にお使いいただいています。

「定期レッスン」

第2・第4火曜日 午前11時~午後1時 ゴスペル「Satisfy My Soul 豊中校」

第2・第4火曜日 午後8時~午後10時 洋楽コーラスGlee「Hot Stuff 豊中校」

第1・第3水曜日 午前10時30分~正午 初心者向けゴスペル「Rock-a My Soul 豊中校」

第1・第3日曜日 午前10時30分~午前11時20分 おやこゴスペル「Tiny Steps 豊中校」

第1・第3金曜日 午前11時~午後1時 ゴスペル・ウクレレ

第1・第3日曜日 正午~午後2時 ゴスペル・ウクレレ

 

ハレルヤ/クインシー・ジョーンズ

5月の課題曲はこちら!!

この曲は1740年前後にヘンデルが作曲した「メサイア」の中の1曲です。バッハのマタイ受難曲、ヨハネ受難曲と並ぶ有名な宗教的作品(オラトリオ)で、イエス・キリスト到来の予言、誕生、受難、十字架、復活、永遠の命を綴った作品です。特にその中の「ハレルヤ」は1743年にイギリスで演奏された際に、国王ジョージ2世がこの曲の最中に起立し、のちに観客が総立ちになったという逸話が残っています。ですので今でもコンサートで「ハレルヤ」の時に観客が立ち上がるのは、そのエピソードを再現したものだと言われています。(当時のイギリスでは神様をたたえる歌が演奏される時には起立する習慣があったともいわれています。)

さて今回、私たちが歌うヴァージョンですがこれは、マイケル・ジャクソンやマイルス・デイヴィス、そしてあの「WE ARE THE WORLD」のプロデューサー、クインシー・ジョーンズが、元TAKE6のマーヴィン・ウォーレンとの共同制作で作り上げたアルバム「A SOUL CELEBRATION HANDEL’S MESSIAH」に収められています。

ヘンデルのメサイアをコンテンポラリー・ブラック・ミュージックの観点からアレンジし、ゴスペル調、アカペラ調をはじめ、レゲエやアフリカンなど様々な黒人音楽のエッセンスを盛り込んだ名作です。しかも参加ミュージシャンが超一流。スティービー・ワンダー、アル・ジャロウ、パティ・オースティン、チャカ・カーン、テヴィン・キャンベルというクインシーのアルバムには必ず参加するファミリー軍団に加え、ゴスペル界からはリチャード・スモールウッド、クラーク・シスターズ、サウンズ・オブ・ブラックネス、トラメイン・ホーキンス、ヴァネッサ・ベル・アームストロング、ダリル・コーリーといったその当時の超売れっ子が名を連ねています。

これはちょっと全員が「その気」になって挑まないと仕上がらない大曲ですけど、僕たちは過去にもこのような大作に何度もチャレンジしてきました。パートはSOP1, SOP2, ALT1, ALT2, TENOR,BASSの6パート。途中何度も6パートの掛け合いが入ります。そしてなによりこのヴィデオでも観られる全員の躍動感。

大人になったいま、こんな曲に100名を超えるメンバーでチャレンジできることの幸せをあらためて神様に感謝して、そして作者ヘンデル、クインシー・ジョーンズをはじめとする熱い先輩たちへの心からのリスペクトを以って挑みましょう!!!!

AMAZING GRACE  アメージング・グレイス歌詞

アメージング・グレイス

 

私たちは過去に幾つかのアレンジでこの曲を歌ってきました。

今シーズン歌うアメージング・グレイスはその中でももっともシンプルでベーシックなものです。バックもピアノとオルガンのみ。メロディやハーモニーにほとんど装飾的なものを加えないがゆえに、今までのコンテンポラリー・ゴスペルのようなわかりやすい場面展開に頼らない、本当の意味での「フィーリング」による表現力を必要とします。

今回の私たちの歌うバージョンの歌詞はVERSE3まで。本来はVERSE7まであるようですが、このたびは場面を「現在」「過去」「未来」にわけた形で演出したいのでVERSE3までを選択しました。

Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.

アメージング・グレース
何と美しい響きであろうか
私のような罪深い者までも救ってくださる
かっては迷いの中にいたが、いまははっきりとわかる。
今まで見えなかった神の恵みを今は見出すことができる

‘Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

恐れに支配された私の心を神の惠みこそが諭し
その恐れから心を解き放ってくれた
信じる事を始めたその時の神の恵みのなんと尊いことか

Through many dangers, toils and snares
I have already come.
‘Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

これまで数多くの危機や苦しみ、誘惑があったが
私はいつもそれを乗り越えることができた。
神の恵みはこれまでも私を守ってくださって、これからも私を正しい場所に導いてくれるだろう。

私がいつも生徒さんにレッスンで伝えていることがあります。英語の歌を歌うとき、訳すことはとても大事なことだけど、だからといって言葉に操られないようしてください。

全ての行、すべてのワードに感情移入するということは作者にしかできないと私は思っています。歌詞は「俳句」ではありません。俳句はそこにチョイスされた「単語」や「描写」を一言ひとこと大切に味わうのが楽しみですが、歌詞は17音に凝縮されたものではなく、言葉としては膨大です。全ての歌詞が目や耳から入ってきたときに最後に残るしっかりとした「イメージ」こそが歌手にとって大切なものだと思います。

私の場合は2番(青色の部分)にある「恐れと向き合うことを教えてくれた」という部分が、私個人にとっては過去の体験とも重なり、とても共感できるものです。とても有名な1番の歌詞よりも、私の心に響いたのはこの2番の歌詞ですし、逆に言えば2番があるからこそ、1番のテーマが歌いやすいのです。また2番で歌う「過去」がしっかりとした風景を作るから、3番の「未来」への確信につながるし、1番の「現在」を歌う根拠が生まれます。

ちょっと硬い書き方をしてしまいましたが、要は歌い手それぞれが歌詞に書かれる沢山の言葉の中から、「自分の為に用意された」と思われる箇所を見つけて、そこを中心にして前後の歌詞を心の中で自分流に解釈しながら意味づけしてほしいと思っています。

歌い手ひとりひとりがしっかりと自分の風景や、心の置き所を持ったゴスペル・グループは、同じ歌を歌っていても曲の中に「うねり」を生み出すことができます。なぜならみんなそれぞれ大事なものを持っているし、価値観やフィーリングは同じではないから。

誰かが書いた「歌詞」を「そのように思わなければいけない」のではなく、「自分はその歌詞から何を感じ、何を学び、そしてどのようなものが新たに自分から生み出されるか」が大事です。

「自分が誰であるか?」

私にとっての「アメージング・グレイス」はそれを私に教えてくれた神の恵みを歌ったものです。

 

 

My マイクを持とう!

ゴスペル・クワイア「Satisfy My Soul」では、数々の人前で歌う機会が用意されています。

きらびやかな照明のあるプロ仕様の大きな舞台もあれば、教会の礼拝堂もあり、または病院や老人ホーム、商店街や町おこしのお祭りなどで野外で歌うこともあります。

ほとんどのステージでは、私たちはマイクを使ってパフォーマンスをするわけですが、ヴォーカリストになりたての頃はステージの上でこのマイク・ワークがうまくできなくて苦労するものです。

たとえばよくある失敗としては、マイクの角度や距離が不適切で声が上手く入らなかったり、また本番前のサウンド・チェックなんかでマイクが入ってるかどうか確認するときに、よく政治家のオッサンがやるようにマイクを叩いて音響さんに叱られたり、床置きのモニター・スピーカーに不用意に近づけてしまって「キーーーン」と大音響でハウリングさせてしまったり・・・。

まあこんな失敗は誰もが初めの方はやってしまうし、それで注意されて覚えていくものではありますが、ライブハウスの経営者やイベントの外注の音響さんなんかは高価な自前の機材を何も知らないような素人さんに適当に扱われて、運が悪ければスピーカーが飛んだりマイクがぼこぼこにへこんでしまうのですからそりゃあ怒りたくなる気持ちもわかります。

まあ怒られるだけで済めばいいのですが、マイクや機材の使い方も知らないと思われた段階で、音響さんにしてみれば「素人のままごと」に一日付き合わされるということが決定したようなものなので、当然プロを相手に「いい作品をともに作ろう」という熱い思いも根こそぎ失い、適当な音つくりで「とにかく早く終わらせてとっとと飲みに行こう」みたいな気分になる場合もあります。

受講生の皆さんには、いつもレッスンで「歌の練習をきちんとするなら、ちゃんと吸音材の入った音楽スタジオを個人練習で借りて、マイクを通した音をスピーカーから出して練習するべき」と言ってます。でも実際はこの手間と時間、お金をケチってしまい、車の中やお風呂、リビングなどで済ませてしまう方が多いのではないでしょうか?「ちゃんと歌えるようになったらスタジオに入ろう」みたいに先延ばしにして、実際にスタジオで練習するのはライブの直前。そして歌いすぎて声がガラガラみたいな・・。

前述のマイク・ワークの失敗、そしてスタジオ練習の不足。それを解決するための近道として、僕がみなさんに提案したいのは「マイ・マイクの購入」です。そこらへんの大手家電ショップのオーディオ・コーナーのオーディオ・ケーブルの陳列棚の下の方にぶら下がってるカラオケ用マイクではありません。箱に「高音質・プロ仕様」と書いていても買ってはいけません。作りが全然違いますから。

いっぱしの歌を人前でしっかりと歌いたいのであれば、ライブ・ハウスやホールなどで使われているちゃんとしたステージ用のマイクを買いましょう。

ステージで一番見かける無難なマイクとしては、SHURE社のSM-58というモデルではないかと思います。これはヴォーカルに特化した単一指向性ダイナミック・マイクロフォンとしては永遠のベスト・セラー機種。もっともポピュラーなものです。

日本のゴスペルの世界は女性が大半ですが、僕個人の見解ですけど、一般的なアルト・ソプラノの音域の方には同じSHURE社のBETA-58Aというマイクがおすすめです。SM-58と比べて音圧が高いのと高音域のヌケがよいこと。あとハウリングしにくいので女性ヴォーカル向けだと思っています。

あと価格も高価になりますが、バラードなどでより繊細なタッチを表現したい方には、ハンド・ヘルド型コンデンサー・マイクもおすすめです。コンデンサー・マイクは主にレコーディングなどで使用されるものですが、このモデルはライブ向けに開発されており、つぶやくようなバラードを歌った時の繊細な抜けは本当に気持ちがいいです。定番としてはSHURE社のBETA-87Aでしょう。(これに関しては普通にミキサーに繋いだだけでは音は出ません。なぜ出ないかはあえて説明しません。繋いだあとに1プロセス必要です。これはスタジオで経験して覚えた方がいいと思います。その経験は必ずライブ会場で役に立ちます。)

決して安い買い物ではないと思いますが、でも高価なマイ・マイクを持てば、誰でもやはりそのマイクをミキサーにつないで大きな音で使ってみたくなるはずです。おのずとスタジオに行って練習したくなるでしょう。

また自分たちがステージで使わせてもらってるマイクも、同じようにライブハウスや音響さんがお金を出して買った大切な機材であることが実感できるので、むやみに叩いたり、床に落としたりということもできなくなると思います。

そして最後に、これこそが「マイ・マイク」の最大の効果だと思いますが、「ヴォーカリストとしての自覚」、プロのパフォーマーとしての意識の向上、歌に対するモチベーションが格段に上がります。とにかくいいマイクを使えば、単純に上手くなった気がしますし、またもっとうまく歌うための探求心があがります。

いつも言ってますが、ヴォーカリストは「本気」になるより、「その気」になる方が大事です。

本気になったところで、今までの技術を使って一生懸命歌うだけですが、その気になりさえすれば、今まで使ったことのない声や技術が潜在能力から引き出されます。

ちょっぴり高い買い物ではありますが、飲み会を何回か家飲みに変えればいいだけのことですので、ぜひぜひやってみてください!!将来の自分に投資するつもりで!!!

キング牧師の言葉

「最初の一歩を踏み出しなさい。たとえあなたが、階段のすべてが見渡せない場所にいたとしても、ただ目の前の一段を上がりなさい。」

キング牧師の言葉はとても心に響きます。その中でも僕が好きな言葉の一つがこれ。

人種差別撤廃をかかげて彼が市民とともに挑んだ「公民権運動」は、決して平たんな道のりではなく、多くな困難や妨害を乗り越えたうえで成し遂げられました。彼自身も何度も心がくじけそうになったと述懐してますが、そんな時は神に祈り、すべての結果を神に委ね、ただただ自分は目の前の一歩を踏み出すことだけ考えていたそうです。

私たちのゴスペル教室に来られる方のほとんどの方が、たくさんのやるべきことを日常に抱えておられます。お仕事、子育て、家事、家族の介護など、さまざまな事情をお持ちの中、それでも歌を歌いたいという人が集まっています。そのなかには「自分には十分な時間がない」と感じている人も少なくありません。

「歌詞を覚える」+「メロディを覚える」+「歌い込む」

ちょっと大まかですけど、時間がないことを言い訳にしてしまう人は、このすべてをやる時間が取れないから=「出来ない」という考えになりがちで、その結果、歌えないストレスから仕事や家族、そして自分の置かれている環境に不満を持つことになってしまいます。

でも、歌い込む時間は取れなくても歌詞を覚えることはできますし、電車で曲を聴きながらメロディを覚えたり、曲のイメージを作ることも可能です。どっちにしても通らなければいけないプロセスなのですから、どれか一つでも片付ければよいのです。

全体像を見すぎて、良い結果を出すことにこだわりすぎると、その環境が整っていないことばかりが気になってしまいます。

でも僕は心で思っています。「でも時間ができてもやらんやん」「旅行行ったり、飲みに行ったりいっぱいしてるやん!」

これは、「そんなことしてる暇があったら練習しろ!」という意味ではありません。時間があれば旅行も飲み会もやったらいいんです。人付き合いとかも大事ですし、何より息抜きは必要です。

だからこそ、普段の移動や合間の時間に何行かでも歌詞を見たり、メロディを耳に入れておく癖をつけたらいいんだと思います。「これしかできない」と言って投げだすのではなく、「これならできる」というとらえ方をすれば、意外といろんなことが片付くし、その訓練さえしておけば、どんな状況でも常に前に進める自分が出来上がってきます。

キング牧師の崇高な精神と、僕たちの怠惰な日常を並べて書いてしまいましたが、それもアリかな~と思いつつ・・・。

ゴスペルの起源・・霊歌とブルース

まだこの世に「ゴスペル」が誕生する前、アフロ・アメリカンが奴隷として苦難の日々を過ごしていた時、黒人霊歌以外に、まったく宗教性とは関係ない日々の暮らしを歌った歌(俗歌)の存在がありました。

それは自分たちの日常をそのまま表現したものであり、苦役を少しでも紛らわそうとした「ワークソング」(労働歌)であったり、日々の苦しみを綴った歌「ブルース」などです。これらは教会で歌われる神への感謝とはまったく無縁のものでした。

でもここでひとつ忘れてはいけないことがあります。黒人霊歌はキリスト教の讃美歌をベースにしたものですが、彼らがたくさんある讃美歌の中から選んだ歌の多くは「天国への希望」を題材にしたものであったということです。勘の鋭い人はお気づきだと思います。ブルースで歌われている嘆きは、まぎれもなく現世に対する嘆きです。そして彼らが霊歌の中で歌う喜びは現世のものではなく、死後天国に行った後で共有できる喜びです。共通していることは、彼らは「現世」に対して、何の希望も持てていなかったということ。「いまを直接的に嘆く歌」と、死後の希望を歌うことで間接的に「現実から目をそらす歌」という解釈もできます。双方に横たわっているものは「現実への悲しみ」です。

ゴスペルの父と呼ばれる「トーマス・ドーシー」が、もとはアンクル・トムという名前で非常にきわどい歌詞のブルースを歌っていたことは有名です。ブルース界のスターであり、もっとも世俗的な人によって「ゴスペル」という音楽がこの世に作り出されたからこそ、いま私たちはそのメッセージの「生々しい力強さ」に心を打たれるのではないでしょうか?

 

 

Oh Happy Day 主イエスを知りたる うれしきこの日や

日本で有名なGospel曲として「アメージング・グレイス」とともに挙げられるのが、「Oh Happy Day」ではないかと思います。

映画「天使にラブソングを2」はウーピー・ゴールドバーグ演ずるデロリスが、荒廃した学校の生徒たちに歌う喜びを教え、学校の危機を救うという説明不要の大ヒット作。その挿入歌で、ゴスペルの合唱を習い始めた生徒たちがはじめてその練習成果を披露する場面で使われました。

この映画がヒットする以前、1968年にEdwin Hawkins によって発表された「Oh Happy Day」はビルボードのHot100で最高位第4位を記録する大ヒットとなりました。黒人の歌うゴスペル曲がビルボードの総合チャートで10位以内に入るということは大事件であり、世界中にブラック・ゴスペルを認知させるきっかけともなりました。(ちなみにその30年後、このエドウィンの記録を塗り替えたのがカーク・フランクリンのGod’s Propertyでした。)

さてこの「Oh Happy Day」ですが、もともとは18世紀初頭に作られた讃美歌がモチーフだそうです。

「主イエスを知りたる うれしき この日や いやしき 身をさえ すくわせ たまえり

 きみに むつぶ この日ぞ うれしき   うれしき この日や うれしき この日や 

 きみに むつぶ この日や うれしき」

この讃美歌にもルーツがあり、それは聖書の「コリント人への第二の手紙 6-2」だと言われています。

6:2 なぜなら、は言われるからです、「受け入れられる時に、わたしはあなたに聞き、救いの日に、わたしはあなたを助けた」。見よ、今は喜んで受け入れられる時です.見よ、今は救いの日です。

この歌は「主イエスとの出会い」により、自分の中の「求め続ける心=欲」が生み出す様々な縛りから解放された「ハッピー」を歌っています。自分にとって都合のいいものを得た時が「ラッキー」だとしたら、そういうものを求めなくてもすでに満たされている幸せな状態こそが「ハッピー」なのではないかと思います。

「何かをあらたに得る」のではなく、「求め続ける心」を洗い流されたことで満たされた新しい心。

そういう意味では、多くの生徒さんが単純に「この曲は楽しい!スカッとするから大好き!」という感想を持つことは「大正解」なのかもしれませんね。シンプルに満たされてんですから。

 

初めての聖書

ゴスペルの歌詞には「聖書の引用句」が使われていたり、ストーリーそのものがテーマになっていたりするものが多々あります。英会話や文法を一生懸命勉強した人でも、ゴスペルの歌詞だけはチンプンカンプンという声もよく聞かれます。

例えば私たちがいま歌っているJoe Pace の名曲「Speak Life」。とても美しいバラードで、楽曲的にも完成度が高く人気のある曲ですが、この曲の歌詞を理解するためには、曲中に出てくる「乾いた骨」(dry bones)というものがいったい何を表現しているのかを知らなければ、曲全体に横たわる大きなメッセージを理解することは難しいと言えます。

しかし聖書を読んだことがある人であれば、この「乾いた骨」という言葉を見たときに、「あれ?どこかで聞いたな・・?」と思うことでしょう。これは旧約聖書のエゼキエル書の37に出てくるとても有名な一節です。この「乾いた骨」がどういうものかが解れば、タイトルの「Speak Life」という言葉の意味も自然にイメージができると思います。

私たち「Satisfy My Soul」では、曲を解説するときに全文を訳して意味を教えるということはあまりしません。歌詞の意味は歌い手本人のイメージこそが大事であり、歌い手一人ひとりが自分のイメージに沿って表現することこそが大切だと思っているからです。ですが、ゴスペルの歌詞は少しの聖書の情報だけで一気に本質のイメージにたどり着ける例も少なくありません。

もしあなたがゴスペルの歌い手として成長を望むのであれば、聖書を手に取ることは間違いなく「正解」だと思います。歌い手にとって歌詞は命です。その歌詞の解説書として「聖書」を読んでみてはいかがでしょうか?

さていざ聖書を買うとなっても、紀伊国屋書店なんかに行ったらすごく種類が多くてどれを買えばいいのかわからなくなります。

はじめて聖書を買うのであれば、「読むこと」を目的とするならわたしたちがお勧めするのは「新共同訳で旧約・新約聖書が一緒になっているもの」がいいと思います。歌詞に「Jesus」が出てくるものは「新約聖書」からの引用、黒人霊歌などは「旧約聖書」からの引用が多いこともありますので、両方読めるのが良いし、のちに教会の礼拝に出ることになってもこれを持っていれば困ることはありません。

もう少し目的を「歌詞の理解」に近づけるのであれば、左ページが日本語、右ページが英語で書かれているタイプのものがおすすめです。ひとつの単語だけでは、聖書のどの部分が歌われているのかわからないこともあります。なぜなら同じ単語がいろんなところに出てくるからです。しかしゴスペルやスピリチュアルの歌詞は聖書からの引用が多いので、歌詞とそっくり、またはほぼ同じ英文を発見することも珍しくありません。自分でそういうものを見つけたときはとてもうれしいものですし、歌詞に対する感情移入もとてもし易くなります。

さてじゃあどこで買えばよいでしょう?

大阪であれば梅田にあるキリスト教書店「オアシス」が良いと思います。大阪駅前第2ビルの二階にあるこのお店は書籍だけでなく、CDや楽譜、DVDなども取り揃えていますので遊びに行くだけでもとても楽しいと思います。

 

 

自主練習(パート・メロディを覚えよう!)

日本のゴスペル教室では、レッスンのほとんどの時間を「音取り」に費やします。

先生がピアノなどを弾きながら音を一つずつ教えていくレッスンは一見丁寧なように思えますが、人によってはその場で一回聴いただけでほとんどのメロディを覚えることができる人もいれば、何回も何回も重複練習することで時間をかけて覚えるタイプの人もいます。

ゴスペルのレッスンの目的は「音を覚えてもらうこと」ではありません。メロディも歌詞も覚えたうえで、それをいかに自分の感性に結び付けるかが一番難しいことであり、長い時間訓練と試行錯誤が必要なのです。

ですのでSatisfy My Soul では、ツールさえあれば誰でもできる「音取り」などは各自がプライベートの時間にやっていただくようお願いしています。自宅でできる練習は個人の時間にやってもらい、みんなが声を合わせるグループ・レッスンでは、一人ではできないアンサンブルなどの確認をしています。

では実際に、レッスンに出る前にやってきてほしいこととは?

前述した「音取り」です。音取りとはいっても原曲を聴いて自分のパートを自分で取ってもらうわけではありません。各パートの音は「パート音源」という、あらかじめメロディをピアノで弾いたものを配布させていただいてますので、メンバーの皆さんはレッスンに出る前に最低限、自分の歌うべきメロディを覚えてきてください。

「何回聴いても音が頭に入ってこない・・」という悩みを抱える人はたくさんいます。実は私もその一人です。20代、30代の頃は何度か聞いたら勝手に記憶されていたのですが、40代後半、50代になると何度聴いても間違えるようになりました。また、パートCDに合わせたら歌えるのに、みんなと一緒に歌ったらつられて他のパートを歌ってしまうという声もよく聞きます。

じゃあどうすればいいのか?結論としては「自分流」の覚えるコツを見つけることです。

例えば私の場合ですが、パート音源に合わせて1曲をフルサイズで歌うことはやめました。ガイド・メロディがあるとやはり頼ってしまい、いざ無くなると歌えないからです。やるだけ時間の無駄です。私にとっての良い方法は、音楽再生アプリなどを使って短いフレーズを何度かリピートします。その後は膝で拍を打ちながら音源なしのアカペラで歌います。自信がなくなったらもう一度何度か音源を再生し、またアカペラに戻ります。何も頼りにせず、自分の拍子だけで無伴奏で歌えるようになればそのフレーズは忘れません。一つできたら次の行、また次の行に移行します。あくまでこれは私がいま一番信頼できる練習方法です。自分に合った独自の方法を見つければ、練習も楽しくなります。

次に大事なことは「録音」です。音楽のトレーニングの難しいところは、単純に声を出しているだけで気持ちよくなってしまう点です。原曲を聴いてそのように歌ってみても、自分の耳が自分の声になれてしまうとなんだかうまく歌えている錯覚に陥ります。ですのでスタジオなどで歌って携帯アプリで自分の唄を録音したものをあらためて聴くときは、歌い終わってすぐに聴くのではなく、2回くらい原曲の同じ箇所を聴いたうえで、それから自分の歌を再生すればいいと思います。ゾッとすると同時に「こんなはずではない!!」という結果が待っていると思いますが・・。

長くなりましたが、Satisfy My Soul のレッスンは、個人が事前に準備してきたことの成果を確認する場所です。何も準備しないであてずっぽうに歌えばせっかくのアンサンブルが崩れますし、他の人が費やした時間を無駄にします。

ですので、フレキシブル受講システムで「歌い放題」と書いてはいますが、レッスンに参加する以上は事前の準備を必ずやってきてから参加してください。よろしくお願いいたします。