トーマス・ドーシーとマヘリア・ジャクソン


 

1930年代にブルースのスタイルと神への賛美を融合させた新たな音楽が一人の黒人男性の手でこの世に誕生しました。

それが「ゴスペル」です。その男の名前はトーマス・A・ドーシー。「ゴスペルの父」と呼ばれています。

彼は元々、ジョージア・トムという名前で「It’s Tight Like That」という大ヒット曲を持つブルース・ピアニストでしたが、シカゴに活動拠点を移し、バプテスト教会に参加した頃から、ブルース調の音楽に黒人霊歌の歌詞を乗せた感じのオリジナル曲の作曲を始めました。彼はこの新しい音楽を自ら「ゴスペル」と名付けました。

30年代に入り、彼はサリー・マーティンという素晴らしいシンガーと組み、各地を回ってゴスペルを広めるために演奏活動を行いますが、当時の多くの教会は彼のブルーノートを多用した重苦しい世俗臭のある作品を嫌いました。86年に日本でも公開され、DVD化もされている「マザー」という記録映画がありますが、その中で彼は「教会に悪魔の音楽であるブルースを持ち込んだと非難された」と語っています。

多くの教会の長老たちが彼の音楽を拒否する中、若い世代はその音楽の新しさとかっこよさに惹かれていきます。今でいえば若者がHIP HOPを愛し、その手法を取り入れたゴスペルが好んで聴かれるのと同じでしょうか。

時間の経過と彼の地道な努力が実を結んだことで、多くのシンガーが彼の「ゴスペル」を歌い始めます。その中の一人が「マヘリア・ジャクソン」でした。

「プレシャス・ロード」という歌は、ドーシーがツアーに出ている時に奥さんと生まれてきた赤ちゃんを同時に失くすという不幸のどん底から生れた歌です。彼が嘆きながら「おお、神よ、どうして・・」とつぶやいたときに横にいた友人から「トーマス、こんな時だからこそ(親愛なる神よ・・)と呼ぶんだ。」と言われたことがきっかけで作られた彼の魂の叫びのような曲です。

マヘリア・ジャクソンはこの曲を好んで歌い、アメリカ中に広まりました。彼女自身も子供のころに「ベッシー・スミス」などのブルースを聴いて育った経緯から、トーマスの作るブルース・フィーリング溢れる曲の高揚感を余すことなく伝える技量を持っていました。(一部では彼女は歌手としての才能もさることながら、自分を売り込み成功させるビジネスの才能がすごかったという説もあります)

賛否のほどは置いといて、それでも彼女がテレビやラジオを通して伝えた「ゴスペル」は広くアメリカ全土から世界中に認知されることとなります。

いかがでしたでしょうか?

いまは多くの黒人教会で当たり前に歌われている「ゴスペル」は、はじめは世俗音楽として拒絶されていたんですね。

現在もアメリカのゴスペル界では「ゴスペル・シンガー」と「ゴスペル・アーティスト」は結構はっきりと区別されているようです。「ゴスペル・シンガー」は教会の礼拝などを活動拠点としているのに対し、「ゴスペル・アーティスト」はプロの音楽家としてエージェント会社などに契約を委託し、教会以外のホールでの公演、全世界へのツアーなども積極的に行っています。

これは僕の考えですが、ゴスペルは「世俗的」であって良いと思います。神をたたえ賛美するという手段であると同時に、その行いを知らない人に伝えるわかりやすいツールとしての役割をゴスペルが担っているのも「神の意志」だと思うのです。

映画「天使にラブ・ソング」は神をたたえることを説教臭くは伝えていません。それどころかウーピー・ゴールドバーグというキャラクターにより小馬鹿にしている場面さえあります。

しかし、あの映画の公開によって日本には数えきれないほどの「ゴスペル・ファン」が増えました。そして決して少なくない数の人たちが「新しい経験」をできているのです。

今日はこんなところで・・・。ハレルヤ。

 

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